1980年代のあの頃、僕は勇者になる扉を開いた

1980年代の流行、出来事、文化

1980年代、ドラゴンクエストが僕の扉を開いた日

社会人一年目、宮下の知らせ

学校を卒業して、やっと仕事にも慣れてきた社会人一年目。
学生時代からのパソコン仲間・宮下とは今でもよく会っていた。

ある日、宮下が言った。

「今度ドラゴンクエスト3が出るらしいぞ」

ドラゴンクエスト?
RPG?
FM-7でハイドライドを遊んでいたのに、RPGという呼び名すら知らなかった。

開発はチュンソフト(ドアドアやってた!)
キャラデザインは鳥山明(ジャンプ毎週買ってる!)
音楽はすぎやまあきら(イデオンの音楽は神!)

なのに、僕は何も知らなかった。
ジャンプに載っていたんだろうけど、漫画しか読んでなかったから完全に出遅れた気がした。

遅れを取り戻すために、まずはドラクエIIへ

3を遊ぶ前に、どうしても遅れを取り戻したかった。
宮下に「1からやるべき?」と聞くと、

「1はやらなくても大丈夫。2のほうがパーティー組めて面白いぞ」

パーティー?
一人プレイのゲームしか知らない僕には、まったくイメージが湧かなかった。

定価で買うのは惜しいので(ケチ)、中古ショップへ。
1も2も売っていたが、どれも高い。3の発売が近いせいかもしれない。

諦めかけたとき、箱なし・説明書付きのドラクエIIがビニールに包まれて売っていた。
値段はかなり安かった。
箱なしなんて…と思っていたけど、背に腹は代えられない。

初めてのパーティー、そして初めての全滅

家に帰ってビニールを開け、説明書を読む。
ステータス、武器、パルプンテ……
そしてスイッチON。
タイトルと音楽が流れた瞬間、
「この曲、どこかで聴いたことがある…これだったのか!」
と鳥肌が立った。

その日はご飯の時間もスイッチを切らず、夜までずっと遊んでいた。

サマルトリアの王子、ムーンブルクの王女。
3人で冒険する──これがパーティーなんだ。

街から離れ、細い道を越えたとき、マンドリルが現れた。

全滅だった。

自分がやられるより、仲間を守れなかったことが、
たとえゲームでも本当に辛かった。

一人で街の周りを回り、せっせとコインを稼ぎ、
二人を復活させ、レベルを上げ、武器を強くし、
薬草も毒消し草も持てるだけ持って、山越えに挑んだ。

意外とあっさり倒せた。

洞窟、祠、塔……
次々と攻略していくのが新鮮で、止められないほど面白かった。
何日も時間があればずっとプレイし続け、ついにドラクエIIを攻略した。

そして、ドラクエIII発売日が迫る

2がこれだけ面白いなら、3はもっと面白いはず。
発売日は1988年2月10日、水曜日。
平日だ。
仕事を休む勇気はない。でも欲しい。遊びたい。
願望は頂点に達していた。

ニュースでは家電量販店に並ぶ長蛇の列。
あんな行列には並べない。並びたくない。
ジレンマだった。

次の休み、電気屋を巡ったがどこも売り切れ。
かなり遠い商店街の外れにある、普段なら見向きもしない玩具屋へ。

「ドラゴンクエスト3ありますか?」

「あるよ」

その瞬間、なぜか“仲間が増えた時の音楽”が頭の中で流れた。

定価だったけど、値上げしていないだけマシ。
家電量販店のほうが安いけど、次の入荷は分からない。
今すぐ遊びたい。
我慢できない。

買った。

徹夜の冒険、そしてレベル99へ

家に帰ってすぐプレイ。
あれ?タイトル画面も音楽も出ない。
「おきなさい****」で始まる物語。

移動の音楽が好きすぎて、テレビにイヤホンを刺してBGMを聴きながら寝た。

何日かは徹夜。
何日かは仕事をサボった。
城や街を巡り、海を渡り、空を飛び、攻略し続けた。

一度クリアしてもまた最初から遊んだ。
ラスボス前のデータを複製して、レベル99まで育て、
ラスボスも難なく倒せるほどになった。

ドラゴンクエストは、時代の扉だった

ドラゴンクエストは、僕にとってただのゲームではなかった。

あの頃の僕は、ただ夢中でコントローラーを握っていただけだ。 でも振り返れば、あの冒険がなければ見えなかった景色がたくさんある。
1980年代のゲームの扉を開き、あの時代を象徴するアイテムだったと思う。


 

 

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